マン光帝国皇帝の世界征服日誌

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菊池寛 怪奇小説の直筆原稿見つかる(20170713)

菊池寛 怪奇小説の直筆原稿見つかる

2017年7月13日 11時59分(最終更新 7月13日 13時41分)

芥川・直木賞を設けるなど「文壇の大御所」と呼ばれた作家、菊池寛(1888~1948年)が1931(昭和6)年ごろに執筆したとみられる怪奇小説の直筆原稿が見つかった。大阪毎日新聞東京日日新聞(現・毎日新聞)に連載した小説「真珠夫人」で成功後、主に女性読者を対象にした大衆小説で人気を得ていたが、その作風を一新させる意欲作と言えそうだ。

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発見された菊池寛の「妖妻記 第1回」の直筆原稿(第5回までは「妖怪奇談」という題)=高松市昭和町菊池寛記念館で2017年7月11日午後2時16分、小川和久撮影

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菊池寛「妖妻記」の添え書き=高松市昭和町菊池寛記念館で2017年7月11日午後2時49分、小川和久撮影

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金森観陽が描いた「妖妻記」の挿絵=高松市昭和町菊池寛記念館で2017年7月11日午後2時53分、小川和久撮影

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菊池寛「妖妻記」の直筆原稿と金森観陽の挿絵=高松市昭和町菊池寛記念館で2017年7月11日午後3時12分、小川和久撮影

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妖妻記が掲載された「夕刊大阪新聞」昭和6年10月26日付け紙面=高松市昭和町菊池寛記念館で2017年7月11日午後2時44分、小川和久撮影

高松市菊池寛記念館が13日発表した。タイトルは「妖妻記」で、400字詰め原稿用紙64枚にまとめられた。幕末の武尊山(ほたかやま)(群馬県山麓(さんろく)での妖怪談を老人が昔語りする構成。他の男と密会していた妻を男が殺して逃亡。その先で再婚した女が、実は妖怪のオオカミで、このオオカミが男の子どもを殺していく。関西で活躍していた日本画家、金森観陽(かんよう)の挿絵が添えられた。

記念館は東京の古書店から2011年に購入。調査の結果、大阪のローカル紙「夕刊大阪新聞」に原稿の一部が掲載されていることを確認した。全18回の連載とみられるが、全集には未収録で世に知られていなかった作品という。

菊池は「これは『大衆文藝』とは、少し違ってゐるかも知れない。歴史小説でもなく、チャンバラものでない、怪奇談です。相当面白いつもりです」と原稿に添え書きし、意欲をみせている。

菊池は高松市生まれ。純文学の書き手として戯曲「父帰る」をはじめ、大衆、歴史小説の担い手としても活躍し、雑誌「文芸春秋」を創刊した。

菊池寛研究の第一人者、片山宏行・青山学院大教授(日本近代文学)は「流行作家が、自身の文学的マンネリズムを打破しようと試みた実験的作品。その後同系列の作品が書かれておらず、菊池寛文学史、大衆文学史の1コマを補完する発見」と評価している。

菊池寛記念館(087・861・4502)は、妖妻記の原稿を14日から一般公開する。月曜休館、10月22日まで。

菊池寛 怪奇小説の直筆原稿見つかる/毎日新聞

f:id:manshinetarou:20161016135112p:plainつい先日も著名作家の幻の直筆原稿が見付かったというニュースが有った覚えが有るのじゃが、誰じゃったかのう?

f:id:manshinetarou:20160926231336j:plainサア、ソレガ誰カハ解リマセンガ、コウイウニュースハ素晴ラシイデスネ。

f:id:manshinetarou:20161016135112p:plainそうじゃのう?正に文化遺産という感じがするのじゃ!

f:id:manshinetarou:20160926231336j:plain一度現物ヲ見ニ行ッテミタイデスネ。

f:id:manshinetarou:20161016135112p:plainそうじゃのう?ところで、このニュースについては、毎日新聞の大阪版と東京版と西部版にも載ったそうなのじゃが、それぞれの掲載内容が違ったという話をしておこうかのう?

f:id:manshinetarou:20160926231336j:plainト、言イマスト?

f:id:manshinetarou:20161016135112p:plain百聞は一見に如かずというじゃろう?それぞれ見て貰った方が解り易いのじゃ!先ず、これが大阪版なのじゃがのう?

菊池寛 自賛、怪奇小説発見 作風一新「相当面白いつもりです」

毎日新聞2017年7月13日 大阪夕刊

芥川・直木賞を設けるなど「文壇の大御所」と呼ばれた作家、菊池寛(1888~1948年)が1931(昭和6)年ごろに執筆したとみられる怪奇小説の直筆原稿が見つかった。大阪毎日新聞東京日日新聞(現・毎日新聞)に連載した小説「真珠夫人」で成功後、主に女性読者を対象にした大衆小説で人気を得ていたが、その作風を一新させる意欲作と言えそうだ。

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菊池寛の「妖妻記」第1回の直筆原稿(第5回までは「妖妻奇談」という題)=高松市昭和町1の菊池寛記念館で、小川和久撮影

高松市菊池寛記念館が13日発表した。タイトルは「妖妻記」で、400字詰め原稿用紙64枚にまとめられた。幕末の武尊山(ほたかやま)(群馬県山麓(さんろく)での妖怪談を老人が昔語りする構成。他の男と密会していた妻を男が殺して逃亡。その先で再婚した女が、実は妖怪のオオカミで、このオオカミが男の子どもを殺していく。関西で活躍していた日本画家、金森観陽(かんよう)の挿絵が添えられた。記念館は東京の古書店から2011年に購入。調査の結果、大阪のローカル紙「夕刊大阪新聞」に原稿の一部が掲載されていることを確認した。全18回の連載とみられるが、全集には未収録で世に知られていなかった作品という。

菊池は「これは『大衆文藝』とは、少し違ってゐるかも知れない。歴史小説でもなく、チャンバラものでない、怪奇談です。相当面白いつもりです」と意欲をみせている。菊池は高松市生まれ。純文学、大衆・歴史小説の担い手として活躍し、雑誌「文芸春秋」を創刊した。

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菊池寛

菊池寛研究の第一人者、片山宏行・青山学院大教授(日本近代文学)は「流行作家が、自身の文学的マンネリズムを打破しようと試みた実験的作品。菊池寛文学史、大衆文学史の1コマを補完する発見」と評価している。菊池寛記念館(087・861・4502)は、妖妻記の原稿を14日から一般公開する。月曜休館、10月22日まで。

菊池寛 自賛、怪奇小説発見 作風一新「相当面白いつもりです」/毎日新聞

元々、毎日新聞というのは、大阪毎日新聞東京日日新聞という二つの新聞が合併してできた新聞なのじゃそうじゃがのう?そこで連載した後に、この直筆原稿の作品を大阪のローカル新聞で連載したそうでのう?故に、大阪版では長く、大々的に取り扱われているのじゃ!

f:id:manshinetarou:20160926231336j:plainナルホド。

f:id:manshinetarou:20161016135112p:plainそれに対し、こちらが西部版なのじゃがのう?

菊池寛 怪奇小説の直筆原稿見つかる 1931年ごろ執筆 タイトル「妖妻記」
毎日新聞2017年7月13日 西部夕刊

全集未収録で知られず

芥川・直木賞を設けるなど「文壇の大御所」と呼ばれた作家、菊池寛(1888~1948年)が1931(昭和6)年ごろに執筆したとみられる怪奇小説の直筆原稿が見つかった。大阪毎日新聞東京日日新聞(現・毎日新聞)に連載した小説「真珠夫人」で成功後、主に女性読者を対象にした大衆小説で人気を得ていたが、その作風を一新させる意欲作と言えそうだ。

高松市菊池寛記念館が13日発表した。タイトルは「妖妻記」で、400字詰め原稿用紙64枚にまとめられた。幕末の武尊山(ほたかやま)(群馬県山麓(さんろく)での妖怪談を老人が昔語りする構成。他の男と密会していた妻を男が殺して逃亡。その先で再婚した女が、実は妖怪のオオカミで、このオオカミが男の子どもを殺していく。関西で活躍していた日本画家、金森観陽(かんよう)の挿絵が添えられた。

記念館は東京の古書店から2011年に購入。調査の結果、大阪のローカル紙「夕刊大阪新聞」に原稿の一部が掲載されていることを確認した。全18回の連載とみられるが、全集には未収録で世に知られていなかった作品という。

菊池は「これは『大衆文藝』とは、少し違ってゐるかも知れない。歴史小説でもなく、チャンバラものでない、怪奇談です。相当面白いつもりです」と原稿に添え書きし、意欲をみせている。

菊池は高松市生まれ。純文学の書き手として戯曲「父帰る」をはじめ、大衆、歴史小説の担い手としても活躍し、雑誌「文芸春秋」を創刊した。

菊池寛研究の第一人者、片山宏行・青山学院大教授(日本近代文学)は「流行作家が、自身の文学的マンネリズムを打破しようと試みた実験的作品。その後同系列の作品が書かれておらず、菊池寛文学史、大衆文学史の1コマを補完する発見」と評価している。

菊池寛記念館(087・861・4502)は、妖妻記の原稿を14日から一般公開する。月曜休館、10月22日まで。

菊池寛 怪奇小説の直筆原稿見つかる 1931年ごろ執筆 タイトル「妖妻記」/毎日新聞

 西部版では、直筆原稿が発見されたという事実を端的に説明するに留められているのじゃ!

f:id:manshinetarou:20160926231336j:plain大阪版ノ方ガ詳シク書カレテイルノデスネ?

f:id:manshinetarou:20161016135112p:plainそして、これが東京版なのじゃ!

菊池寛 怪奇小説発見 全集未収録「相当面白いつもり」

毎日新聞2017年7月14日 東京朝刊

芥川・直木賞を設けるなど「文壇の大御所」と呼ばれた作家、菊池寛(1888~1948年)が1931(昭和6)年ごろに執筆したとみられる怪奇小説の直筆原稿が見つかった。大阪毎日新聞東京日日新聞(現・毎日新聞)に連載した小説「真珠夫人」で成功後、主に女性読者を対象にした大衆小説で人気を得ていたが、その作風を一新させる意欲作と言えそうだ。

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菊池寛の「妖妻記」第1回の直筆原稿(第5回までは「妖妻奇談」という題)=高松市昭和町1の菊池寛記念館で

高松市菊池寛記念館が13日発表した。タイトルは「妖妻記」で、400字詰め原稿用紙64枚にまとめられた。幕末の武尊山(ほたかやま)(群馬県山麓(さんろく)での妖怪談を老人が昔語りする構成。他の男と密会していた妻を男が殺して逃亡。その先で再婚した女が、実は妖怪のオオカミで、このオオカミが男の子どもを殺していく。関西で活躍していた日本画家、金森観陽(かんよう)の挿絵が添えられた。

記念館は東京の古書店から2011年に購入。調査の結果、大阪のローカル紙「夕刊大阪新聞」に原稿の一部が掲載されていることを確認した。全集には未収録という。

菊池は「これは『大衆文藝』とは、少し違ってゐるかも知れない。歴史小説でもなく、チャンバラものでない、怪奇談です。相当面白いつもりです」と原稿に添え書きし、意欲をみせている。

菊池は高松市生まれ。大衆、歴史小説の担い手としても活躍し、雑誌「文芸春秋」を創刊した。

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菊池寛

菊池寛研究の第一人者、片山宏行・青山学院大教授(日本近代文学)は「流行作家が、自身の文学的マンネリズムを打破しようと試みた実験的作品。その後同系列の作品が書かれておらず、菊池寛文学史、大衆文学史の一コマを補完する発見」と評価している。

菊池寛記念館(087・861・4502)は、妖妻記の原稿を14日から一般公開する。月曜休館、10月22日まで。

菊池寛 怪奇小説発見 全集未収録「相当面白いつもり」/毎日新聞

東京版は、概ね大阪版と同じ内容じゃが、写真が違うのが違いかのう?

f:id:manshinetarou:20160926231336j:plain同ジ菊池寛ノ写真デモ、東京版ノ方ガ改マッタ写真ヲ使ッテイマスネ。

f:id:manshinetarou:20161016135112p:plainそうじゃのう?そこが大きな違いというかのう?こうして同じ新聞の同じ記事でも見てみると地方ごとに内容が違うのが解ると面白いじゃろう?

f:id:manshinetarou:20160926231336j:plainソウデスネ。

 

マン光帝国皇帝 マン光太郎f:id:manshinetarou:20161016135112p:plain/マン光帝国総務大臣 シック・スナインf:id:manshinetarou:20160926231336j:plain